新東亜、2003年10月
■効果満点対北圧迫カード、金正日没落狙う
北朝鮮に送るラジオを巡って、政府と保守団体が神経戦を行う中、最近、米国政府が放送時間延長を決定した対北放送RFAに関心が集中している。
国内マスコミには、初めて公開されるRFAソウル事務所関係者インタビューを通して見てみた「ラジオ戦争司令部」の実態
RFAは、自由アジア放送(Radio Free
Asia)の英文略字である。近頃、この放送がマスコミにしばしば上っている。米国の連邦政府機関である国際宗教自由委員会(USCIRF)は、6月12日、北朝鮮内人権改善のため、米国政府が圧力を加えることを促す「対北政策勧告案」をブッシュ大統領とコリン・パウエル国務長官、米議会に提出した。主要提案事項の中の1つは、RFAを拡大改編する方案。続いて、RFAを終日放送に拡大しようという主張が米政街から流れ出し始めているが、時を合わせて7月16日、下院は、共和党のエド・ロイス(Royce)議員等が提出した「2004〜05対外関係授権法案」を通過させた。法案には、RFAの韓国語放送を現行4時間から24時間に延長する内容が込められている。一体、RFAは、どんな放送なのか。
俗にRFAが正に「対北放送」と知られているが、これは、正確な表現ではない。RFAは、現在、中国北京語、広東語、ウ(Wu)方言、ウイグル語、チベット語、ビルマ語、クメール語、韓国語、ラオス語、ベトナム語等、10言語で放送されている。これら言語を主に使用する国家を見てみれば、中国、ミャンマー、カンボジア、韓国、北朝鮮、ラオス、ベトナム等である。これらの国の共通点は、先ずアジアに位置しており、大韓民国を除外すれば、言論の自由が充分に保障されていない国だという点である。
RFAは、言論の自由がないアジア国家住民のため、その国の言語で国内ニュースと情報を提供することを任務としている。即ち、該当国家に言論の自由が充分に保障され、自由に国内ニュースを報道できる日まで、RFAが「代案放送」の役割を担当するということである。従って、RFAの韓国語放送の内容は、韓国を対象にするものではなく、明白に北朝鮮を対象にしていることから、「RFA韓国語放送」を対北放送だと言っても、そう異なるものではない。
■短波ラジオ、韓国にだけない。
RFA放送を韓国で聞くのは、簡単ではない。現在、RFA韓国語放送は、朝鮮半島時間で朝7時〜8時、夜11時〜翌日の朝2時まで放送されている。しかし、この時間に家庭用ラジオのチャンネルをいくら回しても、RFAの声を聞くことはできない。短波で放送されるためである。
ラジオの電波は、大きく中波、短波、超短波に分かれる。我々が俗にAMと呼ぶ放送は中波、FMは超短波を利用している。AM、FM放送は、音質が鮮明という長所があるが、遠距離送出が難しい短所がある。反面、短波は、混信と雑音が大きいが、理論的には、全地球を包括できる位、遠距離送出が可能である。従って、国際放送用電波として脚光を受けており、領土が広い中国、ロシア、カナダ等では、国内放送用にも利用されている。
短波放送を聴くためには、AM、FMの外に、SW(Short
Wave)という周波数領域を備えたラジオがなければならない。現在、国内では、このような短波ラジオを生産していない。軍事政府時代、北朝鮮放送聴取を防ぐという理由で、法的な規制はないが、行政的な規制を通して、短波ラジオ生産を制裁したためである。
文民政府に入って以後、各種規制を解き、短波ラジオに対する制限も解かれたが、既に国民の間に「短波」に対する記憶が完全に消えてしまった後で、生産収支が多くなく、国内業体では、短波ラジオを生産していない。現在、国内で流通する短波ラジオは、日本、ドイツ、中国等、外国産である。このような韓国の実情と異なり、世界的には、生産されるラジオの60%以上が短波聴取が可能である。
短波放送は、電波干渉と電離層の影響により、周波数をしばしば変更しなければならない。RFAもやはり、年1回程度、周波数を変更している。現在、648、7210、7380、15625、11790、13625KHz等の周波数帯を備えているが、これよりは、ラジオのチャンネル・スイッチを回して、韓国語放送が出てくる位置
で止め、放送の名前を確認するのがより正確である。
このような点において、RFAは、米国の代表的な対外放送である「米国の声(VOA:Voice Of
America)」と区別される。米国の声が米国政府の立場と米国的な価値観を全世界に伝播することを目的とすれば、RFAは、米国の立場とは大きく関係なく該当国家のニュースを客観的に伝達することに重点を置く。RFA韓国語放送だけ見ても、最初の10分程度は、その日の北朝鮮関連ニュースをブリーフィングのように簡単に報道し、残りの時間は、ニュース解説と深層分析、論評等を送り出している。そのため、RFAの対象となる国家の政府としては、米国を代弁する感じが
ぷんと臭うVOAよりは、RFAが遥かに「脅威的な」放送でないわけがない。
中国と北朝鮮の反発
RFAが最初の電波を打ち上げたのは、1996年9月29日。初めは、中国語放送だった。わずか30分の放送だったが、中国政府は、激烈に反発した。「中国に言論の自由がないので、その空白を我々が埋める」という国際社会に向けた「辱め」であり、放送の主要製作陣が中国で反体制運動を行い、米国に亡命した人士達だったためである。中国共産党機関紙である「人民日報」は、即刻、「米中央情報局が作った冷戦時代の雑音」とし、「明白な内政干渉」と非難し、翌日からは、妨害電波を発射し始めた。
北朝鮮も、激烈な反応を見せた。1997年3月、RFAが韓国語放送を送出し始めるや、北朝鮮官営「中央通信」は、「米国が挑発的に自由アジア放送の朝鮮語放送を
吹き出し始めた」とし、「これは、我々(北朝鮮)に対する敵対視政策と圧殺政策を捨てずに、更に露骨化する道に出ていることを見せているもの」と主張した。また、内閣機関紙「民主朝鮮」を通して、RFAを「米国の思想・文化的浸透策動」と規定し、住民達に各種ブルジョア思想の流入を徹底して警戒することを促す等、北朝鮮は、機会があるとき毎に、RFAに猛攻を
浴びせている。
■ヨーロッパで立証されたラジオの威力
中国、北朝鮮等、RFA対象国家の政府が敏感になる外ない理由は、RFE(Radio Free Europe)の悪夢のためである。現在、チェコ、プラハに本部を置いているRFEもやはり、米国政府の支援を受けるラジオ放送である。RFEは、1951年、西ドイツ、ミュンヘンにおいてソ連及び東ヨーロッパ社会主義圏国家を狙って放送を開始した。「自由の
篝火」と呼ばれていたこの放送は、姉妹放送であるRL(Radio
Liberty)と共に、冷戦時期、ヨーロッパ各国の言語でニュースと情報を提供し、1980年代後半、社会主義国家のドミノ式崩壊を誘発するのに、決定的役割を果たしたものと評価されている。
当時、東ヨーロッパ国家の住民は、国営放送よりRFEをより信頼して、喜んで聞き、自国で起こっている民主化運動の消息をRFEを通して、速報として聞き、迅速に行動することができた。1991年、保守強硬派のクーデターで暫時失脚したゴルバチョフも、RFEを聞きながら、国内外の状況を把握することができたと伝えられる。民主化運動が成功し、政権を握ったチェコのハベル大統領は、2001年、RFE開局50周年を迎えて、この放送を「真実のメッセージ」だと賞賛もし、旧連邦議会建物を無料で与え、RFE本部をドイツ、ミュンヘンからチェコ、プラハに移しつつ、「プラハがRFEの基地に選択されたのは、チェコの名誉」
だとおだて上げる程度に厚い信任を見せた。
ソ連が崩壊し、東ヨーロッパの社会主義諸国もやはり、順番に政権が交替し、米国政府がRFEに流す熱情は、自然に下がった。それで、クリントン行政府になって、RFEを中断するという話が出て来もしたが、結果は、むしろRFAという新しい放送を追加することだった。東ヨーロッパに民主主義が拡張されているが、依然、民族紛糾と人権蹂躙が継続されており、冷戦時代に生まれた愛聴者達の意思を無視できなかったためである。実際に、RFEは、ユーゴスラビア内戦当時、戦闘状況を詳細に伝達し、もう一度その機能を立証し、ロシア軍がチェチェンで行った人権蹂躙を重点報道し、ロシア政府と摩擦を
醸し出しもした。RFEは、依然26言語で放送し、約3,500万名の聴取者を確保している。
RFEのアジア版といえるRFAは、1994年、米国議会により設立されたが、1996年、民間会社として独立した。商業的な放送ではないために、予算は、米議会の支援金に
全面的に頼っているが、放送内容では、徹底して独立的だと、RFA関係者は強調する。米国政府の放送と見られないということである。
RFAソウル事務所で特派員として働く李シュキョン氏は、「取材に行ってみれば、RFAを米国の「大韓ニュース」位に感じる方々が多いのが惜しい」と語る。知っているように、大韓ニュースは、過去の政府において、国政広報用に製作し、劇場で映画の前に見せていた報道である。李氏は、「RFAの編成原則を知りたければ、私の一日を見れば良い」とし、自分の一日の生活を紹介した。
朝に出勤し、李氏が先ず最初に行うことは、オン・オフラインを通した新聞読み。北朝鮮関連ニュースは、見逃さずに見て、北朝鮮関連インターネット・サイトも、全てチェックする。その中で、北朝鮮住民に
必ず知らせなければならないニュースを選定し、その日の取材対象を定める。その内容をワシントン本社にいる韓国語放送担当者に報告し、内容と関連した指示を受けた後、取材現場に飛び込む。台本を作成し、声を録音し、これを本社に送ることまで、全て記者の分である。今まで、記事内容と関連して、修正を要求されるか、放送から除外されたことは、一度もなかったという。
「我々が神経を使う対象は、北朝鮮住民であり、米国行政府や議会ではない。北朝鮮住民にどれ位客観的で、正確な情報を提供するのかが、最も重要だと感じる。例を取ると、「近頃、中朝国境地帯に脱北者取締が緩和された」という報道をしたが、これが事実と異なれば、RFAの報道を信じて移動していた脱北者の安全が
危うくなる。正にこのようなことを心配して、正確な報道を我々の使命
と感じる」。
RFAには、10言語の放送に約240余名の記者が活動している。この内、韓国語放送を担当する記者は、14名。ワシントンに本社を置いており、ソウル、香港、プノンペンに特派員を派遣している。ソウル事務所には、現在、李スキョン記者と行政業務を管理する李ヒョンジュ氏が勤務中である。特派員は、順番を定めて、3ヶ月毎に回る。世界各地から集められた記事は、ワシントンに集合させ、1時間分量の放送物として製作され、これは、地球上にある衛星で送られる。衛星は、再び世界各地にある送信所に放送内容を送り、アジア各地に向けて送出する。送信所の位置は、公開されていないが、モンゴル、ロシア、フィリピン等にあるものと知られている。
■放送時間延長は、外交的圧迫手段
現在、RFA韓国語放送は、1日4時間放送される。朝1時間、夕方3時間である。放送内容は、朝と夕方で異なる。夕方には、1時間分量の放送内容を3回反復する。従って、実際に現在、韓国語放送は、1日2時間放送するのと違いがない。放送時間は、言語に従い少しずつ異なる。現在、北京語放送は一日12時間、チベット語は8時間、残りの言語は2時間ずつである。このような理由で、「韓国語放送を24時間に増やす」という米議会の決定は、破格的だと言える。
米国は、RFAが電波発射対象にしている国家と葛藤が高潮する場合、該当言語の放送時間を増やす法案を通過させることによって、外交的な圧迫手段として活用してきた。このような方式は、今までは主として、中国との関係で現れた。チベット・台湾との領土紛争、法輪功、武器輸出等で中国政府と摩擦を醸し出していた1997年、米議会は、RFA中国語放送を終日放送に拡大し、予算を増額する法案を通過させ、中国政府の反発を買った。RFA中国語放送は、このような方式で30分から1時間、2時間、5時間、そして現在は、12時間に漸次増やされた。
RFA韓国語放送を24時間に拡大する今回の法案もやはり、北朝鮮核問題を巡って、米朝間対立が先鋭化する時点において、米国が投げた対北圧迫カードというのが、専門家達の共通した見解である。
RFA韓国語放送を24時間に拡大する法案が通過したとして、直ちに「24時間対北放送」体制に転換するのではない。RFA側は、これに対して、まだ明確な立場を明らかにしていないが、米国「北朝鮮人権委員会」のある関係者は、「24時間放送とは、毎時間異なる放送を終日行うのではなく、現行1時間分量の反復放送を漸進的に拡大すること」とし、「このように反復する(repeatedly)放送ならば、今、その場でも実施することができるだろう」と予想した。専門家は、「この程度の
措置だけでも、北朝鮮政権には、甚だしい圧迫要因となるだろう」と語る。大体、北朝鮮住民にRFAが及ぼす影響は、どの程度の間で、そのようなものになるのか。
RFA関係者は、「RFAが送出する10言語中、聴取者の反応を最も把握するのが難しい放送が韓国語放送、正に北朝鮮」と語る。単純に「難しい」程度ではなく、フィードバック・システムにおいて、直接的な差異が出ることである。例を取ると、中国語放送の場合、中国政府においてRFAに対する警戒を継続しているが、E-mailと手紙を通して、聴取者の所感が入り、甚だしくは、電話で現地インタビューまでしている。チベット、ベトナム、ミャンマーもやはり、事情が大きく異ならない。RFAがチベット語放送を始めた以後、チベットの最大都市ラサにおいて、短波ラジオ販売量が増えたという報道まであった。ミャンマー語放送では、アウンサン・スーチー女史のインタビューと演説を電話で中継することもする。
しかし、北朝鮮は、住民達がインターネットに接近できず、米国に手紙を送ることもできず、電話通話もやはり不可能で、RFAの他の言語放送が実施しているこのようなプログラム運営が
夢のようなことである。その上、住民がラジオを購入しようとしても、安全部(警察署)を訪ねて申告し、官営放送に周波数チャンネルをハンダ付けした後で使用することができ、
初めから外部放送聴取自体が不可能である。RFA関係者の言葉である。
「時折、ワシントンに北朝鮮住民の手紙が飛んでくる。勿論、中国にいる脱北者が送った手紙だ。ワシントン本社の住所を大体どのように知ったのか、殴り書きの拙い英語のスペルで書かれ、あるときは、全く住所が誤って書かれた手紙が私書箱番号一つだけで我々に伝えられる。我々が聴取者と連結される通路は、現在としてはこれだけである」。
勿論、韓国にいる読者は、RFAのインターネット・ホームページ(http://www.rfa.org)を通して、ワシントン本社の住所を
直ちに知ることができ、記事の内容をテキストで見ることもでき、過去の放送を再び聞くこともできる。しかし、中国は、自国の体制安全と関連したインターネット・ホームページの接続を源泉的に遮断しており、RFAも、このような禁止されたサイト中の1つである。中国では、RFAホームページに接続できないのである。
従って、脱北者は、RFA放送の末尾に出てくる「聴取所感を送って下さる方は、2025 M Street NW・・・」で始まるワシントン本社の住所を聞き取って、書き取る外ない。英語教育を受けられなかった北朝鮮住民の立場において、毎日のように聞いたとしても、書き取るのは難しいのだが、「良く聞いている」、「有難う」、「助けて」という内容の手紙が種々飛んでくる。手紙を読む度に、韓国語放送製作者と記者は、目頭が熱くなるという。
■何名が聞くのかは分からないが
RFA以外の対北放送として、俗にKBSラジオである「社会教育放送」とキリスト教伝播を目的とする「極東放送(FEBC)」、「希望の声放送(AWR)」、「北方宣教放送(TWR)」等を数える。対北放送とは見られないが、韓国語で放送される「NHK韓国語放送」と「中国国際放送」、「ロシアの声」等もある。
脱北者によれば、北朝鮮当局が依然ラジオを徹底して統制しているが、封印されたチャンネルを取り払うか、はなから当局に申告せずに、外部放送を聞く住民が多いと言う。特に、1990年代中盤の食糧難以後、社会秩序が崩壊し、中国を通して、外国産ラジオが大挙流入し、外部放送を聴取する者が大きく増えたということである。問題は、これを正確に測定できないという事実である。
RFAは、米国の放送評価会社である「インターメディア(Intermedia)」を通して、韓国帰順脱北者を対象に、聴取経験及び所感を定期的に調査し、プログラム編成に反映する。2002年調査結果によれば、北朝鮮の大卒以上エリート中、半分程度がRFAを聴取した経験があるという。社会教育放送の調査結果は、より具体的である。社会教育放送が開局55周年を迎えて、脱北者を対象に実施した聴取形態調査において、設問に参加した脱北者103名中、69名(67%)が「北朝鮮にいたとき、(社会教育放送を)聴取したことがある」と答弁した。この内、42%は、「一週間に1、2回聞いた」と答弁したことから、社会教育放送が北朝鮮住民の間で幅広く聴取されているという証拠として提示された。
しかし、実際の脱北者達の見解は、これと異なる。社会教育放送の設問にも参与したことがある「脱北者同志会」金ソンミン事務局長は、「調査サンプルをいかなる基準で選定したのかは分からないが、北朝鮮住民の67%が韓国放送を聞いたとは、信じられない」と語る。人民軍大尉として、宣伝隊作家として働いていた彼は、「一般住民の中でラジオを備えている者も、その程度の数値には及ばない」とし、自分が推定してみれば、「5%程度だけ聞いたとしても、大変なこと」と語った。
平壌出身の脱北者ユ・ジソン氏は、北朝鮮で10余年間外部放送を聞いてきた人である。1988年のソウル・オリンピックの進行過程をラジオを通して知ることができたという彼は、「放送が余りにも面白く、初めは、飲食を全廃して聞いた」と回想する。
「外貨商店で日本製サンヨー(Sanyo)ラジオを外貨とパックン・トンピョ(北朝鮮で外貨の代わりに通用していた特殊貨幣)200ウォンで買った。当時の労働者の月給で、10年分に該当する金額である。電蓄1台と一緒に買って、それは申告して、ラジオは、申告しないまま、イ密かに聞いた。面白かったのは、社会教育放送で、報道の客観性は、NHK韓国語放送を最も信頼した」。
ユ氏もやはり、「最近、北朝鮮内部がどのように変化したかは知らないが、北朝鮮住民中、外部放送を聴取する比率は、10%未満であろう」と語った。RFA韓国語放送が始められる以前に北朝鮮を脱出した彼は、昨年帰順した家族を通して、「近頃は、RFAがNHKの役割を代わっていると伝え聞いた」と言う。
ラジオ聞き、脱北夢見る
北朝鮮でひっきりなしにRFAを聞いていた脱北者崔キスン(仮名)氏は、「短波放送は、高層建物が密集した地域では、電波妨害がひどく、良く聞こえないが、北朝鮮の農村家屋は、ほぼ全て一階建てで、韓国よりも遥かにはっきりと聞こえる」とし、「数年間聞いたが、私が外部放送を聞いていることは、妻と母の外に知らない程度で、北朝鮮でラジオ聴取は、「命をかけなければならない問題」だった」と語った。熱誠労働党員である父のために、横の部屋に聞こえないか見て、夏にも分厚い綿入りを覆い被って、
汗をだらだら流しながら聞いたのである。
RFA関係者は、「北朝鮮内聴取者がいくらにもならなくても、RFAが存在しなければならないのは、正にこのため」と話す。「RFAがなくなるときは、北朝鮮住民がこれ以上RFAを聞かなければならない必要がないとき」という説明である。
北朝鮮人権団体「フィラプ脱北人権連帯」のド・フィユン事務処長は、「社会教育放送の調査結果は、全体北朝鮮住民中の外部放送を聞く者の比率ではなく、脱北者中における外部放送を聞く者の比率である。脱北者中、外部放送を聴取した者が多いのは、北朝鮮を対象にした放送が住民の意識にいかなる影響を及ぼすのか、端的に見せている例」と解析した。従って、彼は、「更に多くの脱北を誘導し、北朝鮮政権を変化させるためには、RFAのような放送が継続されなければならない」と主張した。
■「政権交替の決定打」vs「刺激する必要はない」
最近、一部北朝鮮事件団体と保守団体が頓に「北朝鮮にラジオを送る運動」に熱を上げる理由は、ここにある。ラジオの効果(?)が実証的に立証されているためである。8月22日、江原道鉄原郡の旧朝鮮労働党の建物の前では、ドイツ人医師ノルベルト・フォラツェン氏と自由市民連帯等、保守団体会員30余名が700余個のラジオを縛った大型風船20余個を北朝鮮に送り飛ばす行事を強行しようとして、警察と衝突を醸し出しもした。このような動きに対して、最近帰順した平安南道檜倉郡出身の脱北者朴ヨンソン(仮名)氏の評価を先ず聞いてみる。
「我々の地元は、休戦線とそれほど遠く離れておらず、高い山脈の南側にあり、寝て起きれば、山腹に韓国から送られてきた各種物資が真っ白に覆われていた。ビラとラジオ、食べ物、下着、各種生活用品・・・取れるものは全て取りに来る。ビラは、コーティングされており、
破れておらず、燃やされてもいない。党で、「そのようなものに触れば、手が腐る」と教育しても、全員がこっそり取り纏めている。食糧難が
深刻化すると、「死ぬとしても、腹一杯食べて死のう」として、風船が飛んでくることだけを待っていた。ところが、1990年代後半に入り、このような風船は、飛んで来なかった」。
彼の言葉によれば、「過去には、風船に乗って飛んできたラジオを大挙申告したが、今は、市場で売るためにも、互いに取り纏めようとするだろう」とし、「このような時、しきりにラジオを北に送らなければならない」と主張する。ラジオ送り運動を主導しているシン・ドンチョル牧師もやはり、「韓国政府でしないから、我々が出ているのであり、ラジオは、北朝鮮政権を交替する「決定打」となるだろう」と説明する。しかし、これに対して、統一部のある関係者は、「南北対話にあって、我が方の立場を
より狭める行動」と憂慮を表明した。
「北朝鮮は、8月1日から対南誹謗放送である「救国の声」放送を中断した。これは、今後、強まるものと予想される対北放送等、「非軍事的な圧迫」に予め対応するための措置である。我々が先ずしないのだから、お前らもするなという話である。北朝鮮がそのカウンター媒体として狙うのは、社会教育放送であるものと見られる。勿論、我々は、社会教育放送は、対北放送ではないという立場を取っているが、このような状況において、「ラジオを通して、北朝鮮を崩壊させる」という方式で刺激するのは、適切ではない」。
■事実上、唯一の対北放送
実際に、社会教育放送は、「対北放送」と呼ばれるのを願っていない。1948年、「北韓同胞に送る放送」として始まった社会教育放送は、以後、「自由大韓の声放送」に改称し、1990年代初までは、対北放送としての役割を担当してきた。放送プログラム中にも、「労働党幹部に」、「金笠放浪記」等、北朝鮮体制を批判し、韓国体制の優越性を宣伝する内容が一部含められた。しかし、中韓修交が行われ、ロシア同胞との交流も拡大した1980年代中盤から、次第に海外同胞のための放送に変化し、政府が和解・協力の統一政策を
広げ始め、北朝鮮を批判する内容は、完全に影を潜めたものと見られる。
放送運営目標もやはり、「南北平和体制構築のための中心放送、韓民族同質性回復と韓民族ネットワーク構成のための放送」に変更した。一部脱北者が「社会教育放送を聞き、北朝鮮体制の矛盾点を悟って、韓国社会に対する憧憬の心を育ててきたが、どうして、こうなってしまうのか」とし、社会教育放送の背信(?)に対して不満を
爆発させる程度である。「北韓民主化ネットワーク」李クァンベク研究委員の言葉である。
「万一、北側で社会教育放送を対北誹謗放送だとして、中断を要求すれば、これは、韓国語で行う全ての放送を中断しろということと同じである。現在、社会教育放送は、一般FMラジオ・プログラムと変わるところがない。過去に韓国体制の肯定性のみを広報していたものとは異なり、与野、市民団体の声までそのまま伝えている。韓国から発射する電波が北朝鮮領土のみを指す方法を開発すれば、密かにでも、世の中に対する多様な情報を込めている放送は、それが何であろうと、北朝鮮政府には、脅威的であろう。結果的に、手遅れになる前に、北朝鮮政権が自ら住民の口と耳を開かせることの外に別の代案がない」。
対北放送の対北が単純に北側方向を意味するものではなく、「北韓」を意味するとき、今、電波をそっくりそのまま「北朝鮮のみを」対象にして発射する放送は、RFAの外にない。従って、唯一の対北放送であるRFAは、北朝鮮のリーダーシップ交替を目論んでいる米国としては、全幅的な支援が惜しくない貴重な存在であるだろうし、北朝鮮政権の立場では、最も脅威的な存在でないわけがない。
一部マスコミにおいて、北朝鮮当局が最近、住民からラジオを大々的に押収していると報道したことがあるが、確認された事実ではない。北朝鮮関連の専門家は、「北朝鮮当局も、住民世論をある程度意識しないわけにはいかないために、中世時代に入っていくが、間違いないラジオ押収量は、やたらに落とすことができないだろう」としつつ、「RFAが終日放送体制に突入したとしても、承認されていないラジオに対する取締を強化するか、妨害電波の出力を強化する以上の措置を取るのは難しいだろう」と語っている。
■米国は、今、北朝鮮と「戦争」中
交戦又は対立している国家間の放送を通した電波戦争は、2次大戦時に始められた。当時、参戦国は、心理戦次元において、各地に宣伝放送局を立て、多様な言語で自国に有利な放送を送り出した。1941年まで、日本は42ヶ所、ドイツは68ヶ所このような宣伝放送伝送施設を備えていたと伝えられる。
日本の真珠湾奇襲により米国が参戦し、最も至急だったことの中の1つが宣伝放送に対抗するための措置を用意することだった。従って、参戦79日目にドイツ語で15分の初放送を送り出したのが「米国の声(VOA)」放送である。「ニュースは、良いこともあり、悪いこともあります。我々は、皆様に真実をお伝えします」という名言で始められたVOAは、対ナチ放送だった。
戦争の最中にVOAが連合軍の戦勝消息を早く伝達するや、ヒットラーは、「シンシナティの嘘吐き共」という非難演説を行いもした。当時、VOAの中継局が米国オハイオ州シンシナティにあった。「独裁者に
最も恐ろしい武器は、誰かが住民に正確な情報を提供すること」という真理をもう一度考えさせる事例である。
韓国の歴代軍事政権が短波ラジオ聴取を禁止させたことも、実は、北朝鮮放送の聴取を防ぐという理由のみならず、軍事政権に対する西側の優しくない視線を国民が
知るのが恐ろしかった。1970年代初盤までだけ見ても、韓国の全てのラジオは、毎日朝6時30分から10分間、VOAをAMで中継した。そうだったのが、朴正煕政権が後半期に
入って、一つ二つ中断され始め、VOAが1973年8月、金大中拉致事件を報道し、最後まで残っていたCBS(キリスト教放送)すら、中継を中断させられた。韓国短波放送聴取者の同好会である「韓国短波クラブ」のある会員は、「国内放送を聞き出して、短波でVOAやNHKを聞けば、報道の真実可否をある程度把握できた」と、過去を回想する。
外部のラジオ放送を密かに聴取している者が北朝鮮にどの位いるのかは、「誰も」知らない。VOAでナチを崩し、RFEでソ連と東欧社会主義諸国の体制転換を導いた米国がRFAを通しては、得られるのか見守ってみることである。
最終更新日:2004/03/19